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Pieces.03 「微笑」

アンコールの遺跡のいたるところで、壮大精緻な石のレリーフや精巧優美な姿の石像を目にする。 「クメールの微笑」と呼ばれるバイヨンの尖塔にある巨大な観音菩薩の顔、ビシュヌ神、天女アプサラなどさまざまだが、そのどれもが実に表情豊かで、そしてとても穏やかな微笑を湛えていた。 それを見るたびに職人技術のレベルの高さ、それを完成させるまでの膨大な労働力や年月、そしてこれほどのものを作り上げた当時の人々の熱意が伝わってくる。
しかし、無数の打ち砕かれたような穴が石壁、壁画やレリーフ、石像などいたるところに空いていた。
内戦時にはこのアンコール遺跡でも激しい戦闘が行われた。
その時の銃撃戦で銃弾の当った穴があちこちにあった。
胸に穴の開いたままのアプサラ像、爆撃や盗掘などで首がない石像も無数にあった。
カンボジア国内の国道にもその傷跡はあった。
「ダンシングロード」と揶揄される穴だらけの道。戦闘、そして地雷で空いた穴の跡だろうが、想像を絶する数が地の果てまで続いていた。何千個何万個あったのか見当も付かない。
髑髏の絵の下に「Danger mines!」と書かれた看板を見た。地雷注意の看板だった。
人々は逞しく生活している。僕ら旅行者も呑気にうろついている。しかし、戦争や内戦の傷跡は無残なまま残り、その危険は今でも見え難い場所にひっそりと埋まっている。
カンボジアの栄光の記憶と、悲しい戦争の記憶の両方を受け入れながら、今もクメールの微笑は優しく僕らを見守っているのだ。


アンコールワットの北にある、一辺約3q四方の方形の宗教都市であるアンコールトム。その中心に位置しているのがバイヨン寺院である。敷地内には49の尖塔が立ち並び、塔の上部には観音菩薩の顔が4面に刻まれている。
塔の下部面は枠が切ってあり、中に入れるようになっていた。 外は乾いた日差しが強烈に降り注ぎかなり暑かったが、塔の中はひんやりして涼しかった。 周りの観光客の気配が遮られ、不思議な静寂に包まれた。 ほとんどの塔はがらんとしていて何もないのだが、稀に仏像が鎮座している塔もあった。蝋燭が灯り線香からは日本のものとは少し違う甘い煙が漂っていた。 暗がりに老婆が座っていた。 彼女は念仏を唱えながら僕に線香をあげ賽銭を入れなさいというようなことを身振りで示してきた。僕はいつもならこういう場合は丁重にお断りするのだが、なぜだかこの場所の雰囲気と、一度催促しただけで自ら念仏を唱えてお参りしている彼女の姿を見て、線香を買い石仏に頭を垂れた。
その後しばらく、風通しの良い所に座って外でまぶしく輝いている観音菩薩を眺めていた。その間も老婆は時折休憩しながら念仏を唱えて続けていた。ひょっこり欧米人観光客が顔を覗かせたりしたがそのまま行ってしまった。
30分程休んで、外の光の強さに目を晦ましながら僕はその場を後にした。
( 1998 / Bayon / Cambodia )
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